消防士と聞いて、みなさんはどんな姿をイメージするでしょうか。

災害から街を守るヒーロー。
筋肉質で、真面目で、頼りになる人。
面倒見がよく、子どもにも優しい人。

あるいは、「消防士ってちょっとチャラいイメージがある」と感じる人もいるかもしれません。

実際に東京消防庁で働いていた私からすると、いろいろな消防士がいるので、どれも完全に間違いとは言えません。

ただ、消防士として働いたからこそ、一つ強く感じていることがあります。

それは、消防士の多くが仕事に対して真っすぐだということです。

火災や救急、救助など、いつ起こるか分からない災害に備えて、日々訓練を繰り返し、体力を維持する。

その根底には、

「人の命を助ける」

という消防士としての使命があります。

ここからは、私自身が東京消防庁で経験した出来事を振り返りながら、消防士の現場のリアルを紹介していきます。


東日本大震災の直後、東京消防庁へ

2011年3月11日。

東日本大震災が発生しました。

当時の私は、翌月に東京消防庁への入庁を控え、徳島の実家で生活していました。

午前中のトレーニングを終え、リビングで休んでいたとき、テレビから緊急地震速報が流れました。

画面に映し出される光景を見ながら、

「これからどうなるんだろう」

と、不安を感じたことを覚えています。

東京消防庁への入庁を目前にしていたこともあり、

「入庁時期が変わるのではないか」

「入庁後すぐに災害対応に行くのではないか」

といったさまざまな話も耳に入ってきました。

何が本当なのか分からないまま迎えた2011年4月。

私は予定どおり東京消防庁へ入庁し、消防学校での初任教育が始まりました。


「消防士に向いていない人を見極める場所」

消防学校では、座学だけでなく、消防活動に必要な技術や体力を身につけるための訓練が続きます。

入校して間もない頃、助教から言われた言葉が今でも印象に残っています。

「ここは、お前らを立派な消防士に育てるだけの場所じゃない。消防士としてやっていけるのかを見られる場所でもある。」

当時の私には、その言葉がむしろ刺激になりました。

私の目標は、東京消防庁のハイパーレスキュー隊に入ることでした。

そのため、

「まずは同期の中でも上位に入ろう」

と考え、筋力トレーニングや自主訓練にもかなり力を入れていました。

結果として、クラスでは技術試験で1位、体力試験で2位という成績を取ることができました。

その頃の私は、自信もつき始め、

少し気持ちが緩んでいたのかもしれません。


訓練中に笑った私へ飛んできた怒声

ある日の訓練中。

同期と話していた私は、ふと笑ってしまいました。

その瞬間、教官から大きな声が飛んできました。

「お前ら、何笑ってるんだ!」

私はすぐに、

「申し訳ありません。」

と答えました。

すると教官から、

「いいよ。訓練しなくていいから、端で見てろ。」

と言われました。

私は、

「やらせてください。」

と何度もお願いしました。

しばらくやり取りが続いた後、教官はそれまでとは違い、静かな口調で話し始めました。

「現場に笑顔はないんだよ。」

そして、こう続けました。

「災害現場に行って、建物の中に助けを求めている人がいる。その家族がすぐ近くにいる。報道のカメラも現場を映している。そんな場所で、お前は笑えるのか?」

その言葉を聞いた瞬間、私は何も言えませんでした。

さらに教官は、

「災害現場はいつも真剣勝負なんだ。普段の訓練でやっていることが、そのまま現場に出るんだよ。」

と話しました。

この言葉は、今でも覚えています。

ただ怒られたのではありません。

消防士として現場に立つとはどういうことなのか。

少し浮ついていた私に、それを教えてくれたのだと思います。

それ以降、訓練に対する意識は大きく変わりました。


ハイパーレスキューを目指していた私を襲った怪我

その一方で、身体には少しずつ異変が起きていました。

ある渡過訓練をきっかけに、左肩に違和感を感じるようになっていたのです。

それでも、

「これくらいなら大丈夫だろう」

と考え、私は訓練を続けていました。

そして数日後。

ロープを使って高所から地上へ降りる降下訓練中に、事故が起きました。

ロープの取り扱いを誤り、私は高所から数メートル落下。

左肩を脱臼し、高所で宙づりの状態になりました。

頭の中が真っ白になりました。

痛みよりも先に浮かんだのは、

「これから自分はどうなるんだろう」

という不安でした。

ずっと目標にしていた救助隊。

その先にあったハイパーレスキュー隊。

それまで近づいていると思っていた目標が、一気に遠ざかっていくような感覚でした。

消防士になるために努力し、消防学校でも上位を目指して訓練を続けてきた。

それでも、たった一度の怪我で状況は大きく変わりました。

この怪我によって、私は同期と同じタイミングで消防学校を卒業できなくなります。

しかし、このときの私はまだ、

同期より約4か月遅れて消防署へ配属されることになるとは知りませんでした。

怪我を乗り越え、約4か月遅れで消防署へ配属

消防学校で左肩を負傷した私は、同期と同じタイミングで消防署へ配属されることができませんでした。

同期が2011年10月にそれぞれの消防署へ向かう中、私は消防学校に残り、リハビリを続けながら教官や助教の仕事を手伝っていました。

その後、医師の許可を得て訓練へ復帰。

後期生と一緒に訓練や寮生活を送りながら身体を戻していき、同期から約4か月遅れて、ようやく消防署への配属が決まりました。

配属先として告げられたのは、小平消防署でした。

当時の私は救助隊を目指していたため、どんな消防署へ配属されるのか期待と不安が入り混じっていたことを今でも覚えています。

消防学校で怪我をしたときには、消防士として働く未来そのものが遠ざかったように感じました。

それでも、最終的には消防学校を卒業し、念願だった消防の現場に立つことができました。

初任地で経験した、雪の中での救急活動

消防署へ配属された頃、東京では大雪となった日がありました。

そんな中、出場指令が鳴り、私はポンプ隊の一員としてPA連携の救急現場へ向かいました。

PA連携とは、ポンプ隊と救急隊が連携して救急活動に当たるものです。

現場に到着すると、一戸建て住宅の前に停車した車の運転席で、高齢の男性が心肺停止状態となっていました。

私たちはすぐに救命活動を開始しました。

しかし、大雪の影響で救急車が現場のすぐ近くまで入ることができません。

そこで隊長から、

「布担架で運ぶぞ」

と指示が出ました。

車輪のない布担架に男性を乗せ、雪の中を救急車が待つ場所まで隊員たちで搬送しました。

距離は、私の記憶ではおよそ150メートルほどだったと思います。

途中から腕はかなり厳しい状態になり、消防学校で怪我をした左肩にも痛みが出ていました。

それでも、目の前には助けを必要としている人がいます。

そのとき強く感じたのは、

「自分が怪我をしていることと、助けを求めている人には何の関係もない」

ということでした。

消防士として現場に立った以上、自分の役割を果たさなければならない。

消防学校で教官から言われた、

「現場はいつも真剣勝負なんだよ。普段の訓練が、現場に出るんだよ。」

という言葉の意味を、実際の災害現場に立って初めて身をもって理解した経験でした。

消防学校での訓練は厳しく感じることがあります。

しかし、その先には、実際に人の命と向き合う現場があります。

私にとってこの出場は、**「消防士として現場に立つとはどういうことなのか」**を初めて強く実感した出来事の一つです。

初めて経験した、心肺停止傷病者への救命活動

小平消防署へ配属され、少しずつ現場の仕事にも慣れてきた頃、PA連携で救急現場へ出場しました。

現場に到着すると、そこには心肺停止状態の傷病者がいました。

私はAEDの準備を行い、その後、胸骨圧迫に入りました。

実際の傷病者に胸骨圧迫を行うのは、私にとってこのときが初めてでした。

消防学校では何度も訓練していました。

しかし、訓練人形と実際の現場はまったく違います。

目の前の人の命に関わっている。

その緊張と怖さを感じながらも、とにかく自分に与えられた役割を果たすことに集中しました。

その後、傷病者は救急隊によって病院へ搬送されました。

現場を離れた時点では、私自身、

「助けることができなかったのではないか」

という悔しさと無力感が残っていました。

ところがその日の後、救急隊の先輩から、搬送後に傷病者の状態が回復したと聞きました。

もちろん、それは私一人の力によるものではありません。

現場で活動した隊員、救急隊、搬送先の医療機関など、多くの人が救命のために活動した結果です。

それでも私にとっては、

「人の命を助けることは、決して当たり前ではない」

と初めて強く実感した現場でした。

そのとき、隊長から言われた言葉も今でも覚えています。

「一生懸命とか必死って、伝わるんだよ。その気持ち、その心をずっと忘れるなよ。」

消防士の仕事では、自分一人の力だけで結果を左右できるわけではありません。

それでも、目の前の傷病者に対して、自分ができることを最後までやり切る。

その姿勢の大切さを、この現場から学びました。

消防学校で繰り返してきた訓練が、初めて現実の人命救助につながったと実感した出来事でもあります。

現場で学んだ「帰署完結」|仲間を守ることも消防士の仕事

消防士として現場を経験する中で、私が大切だと感じるようになった考え方があります。

それが、

「帰署完結」

です。

私が消防で教わった考え方としては、災害現場へ出場した隊員が活動を終え、全員が無事に消防署へ帰ってくるところまでが消防活動だというものです。

消防士というと、

「要救助者を助ける仕事」

というイメージが強いと思います。

もちろん、それが大きな使命の一つです。

しかし、助ける側の消防士が無謀な活動をして負傷すれば、新たに救助される側になってしまう可能性があります。

だからこそ現場では、

  • 隊員同士で状況を共有する
  • 隊長の指示のもとで活動する
  • 単独で勝手な判断をしない
  • 周囲の危険を確認する
  • 仲間の状態にも目を配る

といった隊としての安全管理が非常に重要になります。

消防学校や消防署で上下関係や指揮命令系統が厳しく感じられることがあります。

しかし、実際に災害現場を経験すると、その背景には、

「隊員全員を無事に帰す」

という意味があることも理解できるようになりました。

私自身、消防士として働く中で、

人命救助への使命感だけでなく、一緒に活動する仲間の命を守ることも消防士の責任

だと学びました。

消防士は、一人でヒーローになる仕事ではありません。

隊長、先輩、同期、救急隊、救助隊など、それぞれが自分の役割を果たし、チームとして災害に向き合います。

だからこそ、消防士に必要なのは体力や技術だけではなく、

仲間を信頼し、自分も仲間から信頼されること

だと私は思っています。

消防士として過ごした約3年半を振り返っても、この考え方は消防を辞めた後の仕事にも残っています。

自分の役割を果たしながら、周囲を見て、仲間と一緒に最後まで仕事を完結させる。

これは、私が消防の現場から学んだ大切なことの一つです。